Share

2-5 頼れない相手 1

last update Last Updated: 2025-03-06 19:40:41

翌朝――

朱莉はスマホを握りしめ、重い足取りでパスポートセンターを出てため息をついた。どうせモルディブへ行くなら、いっそ一人で行きたかった。

密かに朱莉は心の中で旅行に行けなくなることを期待していたのだが……。

(この時期だから航空券等取れるとは思っていなかったのに……)

 結局、昨日朱莉は明日香に説得されてやむを得ずモルディブへ行く事を承諾させられてしまったのだ。午前中の内にパスポートセンターに行って発行手続きを済ませれてくるように言われた朱莉は憂鬱な気持ちのまま手続きを済ませてきた。そしてその帰り道、明日香からモルディブへ行く飛行機の手配とホテルも予約することが出来たので必ず一緒に行くようにとのメッセージが送られてきたのだ。

 翔からは現地に着いたら自由行動をして構わないと言われているが、英語もフランス語も話せないような自分が一人で行動する事等出来るのか不安だった。

現地のガイドを雇う事は可能だろうか? 明日香に頼んでもそれ位一人でやりなさいと言われそうだし、翔に頼めば恐らく明日香に知れてしまうだろう。それに明日香の手前、翔に直接頼みごとをするのは良くない事をしている気分になってしまう。そうなると、思い浮かぶ相手は1人しかいなかった。

「九条さん……あの人にお願いしてみよう……」

朱莉はスマホをタップした――

 着信音と共に、琢磨のスマホにメッセージが届いた。いつものように翔のオフィスで仕事をしていた手を止めてスマホに目を通し、驚いた。

(え? 朱莉さん……? 何故突然俺のスマホにメッセージを送ってきたんだ?)

思えば朱莉とのメッセージのやり取りはPC設置の時以来、実に3カ月ぶりだった。琢磨は翔の様子を伺った。

広々としたデスクの上に何台ものPCを並べ、画面を食い入るように見ている翔にスマホでメッセージが届いた様子は無かった。と言う事は翔には連絡せずに直接自分にメッセージを送ってきた事になる。

(何か困ったこ事でもあったのだろうか? 翔にも相談出来ないような何かが…?)

琢磨は翔に気づかれないように背中を向けるとメッセージを開いた。

『お久しぶりです、九条さん。お忙しいところ、メッセージを送ってしまい、申し訳ございません。実はハネムーンと言うことで翔さんと明日香さんとの3人でモルディブへ行くことが決定しました。ただ、現地に着いたら自由に行動してよいと言われたの
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-6 頼れない相手 2

    その日の夕方。朱莉がPCに向かってレポートを書いているとスマホがなった。相手は琢磨からだ。「九条さん……。良かった……忙しい人だから今日中に連絡がこないと思っていたのに。それとも断りのメッセージなのかな?」若干の不安な気持ちを抱えつつ、朱莉はメッセージを開いた。『朱莉様。お返事が遅くなりまして、申し訳ございませんでした。本日、日本の代理店より現地のツアーコンダクターと連絡が取れました。その人物は現地在住12年目の日本人女性です。8/18~25日まで現地案内及び、通訳をお願いしました。料金はもう支払い済みですのでご心配なさらずにモルディブでの観光をお楽しみ下さい。滞在するホテル名が分かり次第、また私に連絡を下さい。どうぞよろしくお願い致します。PS:副社長には内緒で手配しましたので、ご安心下さい』(九条さん……)久しぶりに誰かに親切にしてもらって、朱莉は目頭が熱くなるのを感じた。本来ならこのようなことは翔に頼むべきなのに、頼みの綱の彼は明日香と通じ、彼に頼もうものなら全て明日香に筒抜けになってしまう。頼りたい相手に頼ることが出来ないことが、こんなにも不安な気持ちになるとは思わなかった。「でも、誰かに頼らなくても、1人で何でも出来るような人間にならなくてはいけないってことだよね?  だって翔さんと明日香さんとの間に赤ちゃん生まれたら私が一人で育てていかないとならないんだから。もっともっと強い人間にならないとね。そうだ、明日香さんに、どこのホテルに泊まるのか聞いておかなくちゃ」自分に言い聞かせると、朱莉は明日香にメッセージを送った――****―21時過ぎ「翔、朱莉さんがパスポート取得してきたわよ」会社から帰宅してきた翔にしなだれかかるように明日香が言った。「そうか。でも良かったよ。彼女が行く気になってくれて。これも明日香のおかげだな。ありがとう」内心、複雑な気持ちを抱えつつも翔は明日香にお礼を述べた。「いえ、どういたしまして。飛行機も無事とれたしね。やっぱりVIP扱いされていると、便利よね。私たちと同じ飛行機に搭乗することが出来たから」「そうか、彼女もファーストクラスに乗るのか?」翔の言葉に明日香は眉をひそめた。「え? 何言ってるのよ翔。彼女はエコノミークラスに決まっているでしょう?」「え……? 朱莉さんだけエコノミーに乗せるのか

    Last Updated : 2025-03-06
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-7 ハネムーン出発当日の会話 1

    8月18日―― 今日からモルディブへ1週間の名目だけのハネムーンが始まる。朱莉は手元にある航空券を見てため息をついた。明日香からは現地のモルディブで集合しようと言われたが、そこは丁寧に断りをいれさせてもらった。その際に、言葉も話せなくて大丈夫なのかとか、海外旅行なんか貴女は行ったことは無いでしょう?等嫌味は言われたが……そこは黙って聞いていた。最近になって明日香の事が分かるようになってきたのだが、要は明日香の気に障らない態度を取っている限りは、特に嫌味を言われることも無いのだ。到着当日は現地に住む日本人ガイド女性が空港まで迎えに来てくれる事になっている。朱莉が個人的に現地のガイド兼通訳を雇っているのはもう知っているが、その女性が空港まで朱莉を迎えに来てくれているのが分かれば、きっと明日香の機嫌が悪くなるだろう。泊まるホテルは同じだが、明日香と翔は本館。そして朱莉は別館で、隣り合ったホテルとなっていた。現地集合と言われても何の意味もないことは朱莉には良く分かっていたので、事前に自分の方から一人で観光するので、二人で旅行を楽しんでくださいと連絡を入れておいたのだ。その際も嫌味に取られないように、慎重に文面を考えて、同じメッセージを2人同時に送ったのだ。その事をガイド女性に告げると、何と彼女から当日は空港まで迎えに行き、一緒に食事をしましょうと言われたのである。朱莉は貴重品を入れているショルダーバックから手帳を取り出した。そこには現地のガイド女性の名前、電話番号から、メールアドレス等が記載されている。この女性の名前はコジマ・エミという名前で、朱莉よりも10歳年上の36歳の女性。12年前からモルディブに住み、3年前に現地の男性と結婚したと、プロフィールには書いてある。彼女とはもうメールで何回も連絡を取り合っているので、準備していくべきもの等様々な情報を教えてもらった。彼女のおかげで朱里は迷うことなく旅行の準備を済ませることが出来たのである。「あ、そろそろ出なくちゃ」飛行機の便にはまだ4時間近く余裕があったが、慣れない空港であたふたしたくない朱莉は時間に余裕を持って出発することにしたのである。ガラガラと大きなスーツケースを引っ張って朱莉は億ションを後にした。****電車に乗り込むと朱莉は早速、翔と明日香にメッセージを送った。『今、電車に乗りました。念

    Last Updated : 2025-03-07
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-8 ハネムーン出発当日の会話 2

     その頃――翔不在のオフィスで琢磨は忙しそうに仕事をしていた。副社長である翔が不在の間は急を要する重要事項の書類などはオンラインでやり取りをし、彼の承認を得られれば、琢磨が決済の印を押す……等の重要な仕事も行っているので気が抜けない。「翔、このデータで間違いないな?」『ああ、問題ない。これでいこう」翔とオンラインで仕事のやり取りを行っていた時に、琢磨のスマホに着信が入った。『琢磨、今メッセージが届いたようだが、確認しなくていいか?」「ん? ああ、別にいいさ。今はお前と仕事している最中だし」『だが急ぎの要件だったら困るだろう? 俺に構わず確認しろよ』「分かったよ」翔に促されて琢磨はスマホを確認し……顔色を変えた。『何だ? 何かあったのか?』琢磨の変貌に気づいた翔は声をかけた。「……メッセージの相手は……朱莉さんからだった。」『何だ、そうだったのか。……珍しいな。お前にメッセージを送るなんて』「お前……明日香ちゃんと成田空港近くのホテルに昨夜から泊まっているんだよな?」『そうだ。明日香がそうしろって言うからさ。ホテルを手配したのも明日香なんだ』翔のいつもと変わらぬ口調に琢磨は苛立ちが募った。(……一体何なんだ!? 翔の奴め……!)「おい。翔」『な、何だ?』突如口調が変化した琢磨に戸惑う翔。「自分達だけ空港近くのホテルに前日から泊まって、朱莉さんだけ自宅から直接空港に向かわせたのか?……朱莉さんの事だ。きっとこの炎天下の中、重たいスーツケースを持って電車に乗っているに決まっている! 本当にお前は思いやりの心も無いのか? 自分達だけはファーストクラスに乗り、朱莉さんにはエコノミーを使わせるし!」最後の方は怒りの口調になっていた。しかし、それを聞いて驚いたのは翔の方だった。『え? 何だって!? そうだったのか? 明日香が朱莉さんの分もホテルを予約しておくと言っていたから、俺はてっきり……』「それで……明日香ちゃんは今そこにいるのか?」『いや、ホテルのカフェに今行ってるはずだが……』「そうか……」琢磨は溜息をつくと、自分の気持ちを告げた。「翔。お前が副社長ですごく忙しい身だって事位、秘書として働いている俺にはよく分かっている。だがな、これからは朱莉さんに関連することは明日香ちゃんに任せるな。いいか? ……これじゃあまり

    Last Updated : 2025-03-07
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-9 モルディブ到着 1

    「朱莉さん……本当に一人でモルディブまで来れるだろうか? 同じ便なんだから空港で待ち合わせをしても良かったんじゃないか?」ここは成田空港のファーストクラスラウンジ。翔は明日香に問いかけた。「何言ってるの。ここの部屋を使えるのはファーストクラスに搭乗する人達だけっていうのは翔だって知ってるでしょう? それじゃ私たちにエコノミークラスの人達と同じ場所で待とうって言うの? そんなの嫌よ。あんな場所で待つなんて疲れるわ」フンと言いながら明日香はそっぽを向く。「いや、別にそんなつもりで言ったわけじゃないんだが……。それじゃ、明日香。お前だけここを使っているか? 俺は朱莉さんを……」すると突然明日香がヒステリックに叫んだ。「何よ! それって私よりも朱莉さんの方が大事だって言うの? だから彼女を選んで結婚したのね? 酷いわ……。翔が彼女と夫婦って事だけで十分私は苦しんでいるのに……そのうえ、こんな私を放っておいて、翔は彼女の元へ行くっていうの!?」目に半分涙を浮かべながら詰る明日香。「ち、違う。そうじゃないんだ……。ごめん、悪かったよ明日香。大丈夫、心配するな。俺が愛しているのは明日香だけだから……」人目も気にせず、ヒステリーを起こしている明日香を翔は抱き寄せて、背中を撫でながら落ち着かせる。明日香はここ最近情緒不安定気味になっている。もともと嫉妬心も独占欲も昔から人一番強かった明日香は、やはり書類上だけの夫婦となった朱莉に対して激しく嫉妬していた。いくら朱莉と翔が一切会う事も無く、またメッセージ交換も週に1度で、そのやり取りを明日香に見せている。(どうすれば明日香の不安な気持ちを払拭させる事はが出来るんだ? 将来的に明日香と結婚するために偽装妻を持ったのに、かえって明日香を苦しめているのだろうか……?)翔は明日香を抱き寄せながら心の中で深いため息をついた。(すまない、朱莉さん。無事にモルディブまで来てくれよ……)心の中で翔は祈った――**** 成田空港を出て、コロンボ経由。そして無事にマーレ空港へと約10時間のフライトで、ようやく地上に降り立つことが出来た朱莉は溜息をついた。「良かった……無事にここまで来ることが出来たわ」正直に言うと、コロンボを降りた時は不安でいっぱいだった。言葉も通じないような場所で乗り換え等出来るのだろうかと最初は不

    Last Updated : 2025-03-07
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-10 モルディブ到着 2

    朱莉たちが泊まるホテルは空港がある島のホテルだった。「それにしても珍しいわね~。たいていは島の水上コテージに泊まるのが主流なんだけど、ホテルとはね……まあ、この島なら不便は無いから。それで選んだのかしら?」エミは車を運転しながら首を傾げる。「さあ……私からは何とも……」朱莉はほとんどモルディブの事を知らないので、曖昧な返事しかできない。そんな朱莉をチラリとエミはチラリと見る。「でも運が良かったわ~。ここはね、5月~10月が雨季なんて言われてるけど、今日は良く晴れているわ。滞在中はずっと晴れてるといいわね」「そうなんですか? それじゃ私、ほんとについていたんですね。お天気に恵まれたし、エミさんのように素敵な女性ガイドさんにも巡り合えたし」「あら、そう言ってくれると嬉しいわ」エミは軽快に笑う。「あ、アカリ。ホテルが見えてきたわよ」エミの指さす方角に海岸沿いに建つ白い壁が美しいホテルが見えてきた――**** フロントでエミがホテルの従業員と話をしている間、朱莉はホテルのロビーのソファに座り、ぼんやりと外を眺めていた。窓からは美しい海に白い砂浜が見える。とても素晴らしい景色ではあったが、朱莉の心は沈んでいた。(やっぱり何も連絡来ないんだな……。今頃あの2人はどうやって過ごしているんだろう……?)そんなことを考えていると、手続きが終了したのか、エミがこちらへとやってきた。「お待たせ、アカリ。……あら? どうしたの? 元気が無いようだけど大丈夫?」「え、ええ。大丈夫です。少し慣れない旅行で疲れただけですから」「そう……? それでこのホテルは朝食は出るけど、昼と夕食は食事が出ないの。一応ホテルには24時間空いているカフェがあるから、そこで軽食を取ることが出来るけど……どうする? 今夜は一緒にお店で食事しようと思っていたんだけど」「そうですか。でも……すみません。折角のお誘いなんですが体調が悪いので明日にしていただいてもいいですか? 今夜はホテルのカフェで食事しますので」「そう……? 分かったわ。お部屋はこの上の805号室よ。はい、これが部屋のカードキー」エミは朱莉にカードキーを渡した。「ありがとうございます」「それじゃ、明日10時に部屋に迎えに行くわね?」「え?」「あら、いやね。私は通訳だけど、ガイドでもあるんだから。観光案内し

    Last Updated : 2025-03-07
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-11 彼女の優先順位 1

    朱莉は自分が宿泊する805号室に着くと、カードキーを差し込んで部屋の中へ入った。中は広々とした20畳ほどの部屋の間取りで大きなベッドが2台置かれている。掃き出し口の窓はバルコニーになっていて、そこから美しい海が見える。時刻は18時を少し過ぎたところで、日の入りが近いのか海にオレンジ色をした太陽が沈みかかり、空は美しい夕暮れ色に染まっていた。「うわあ……綺麗……」朱莉は少しだけその景色に見惚れ……やがて着替えもせずにベッドに倒れ込んでしまった。(おかしいな……さっきから身体が熱くて、頭が割れそうに痛い。風邪でも引いてしまったのかな……?)何とかベッドから起き上がり、持参して来た体温計を探し出すと、熱を計ってみた。やがてピピピピと検温が終わった事を知らせる音が鳴り、体温計の数値を見て驚いた。「え…嘘でしょう…?」何と朱莉の体温は38度5分をさしていたのだ。「そ、そんな……こんな所にきて風邪引いちゃうなんて……」熱もそうだが、それよりも深刻なのが割れそうな程の頭の痛みだった。朱莉は元々片頭痛持ちだったので、痛み止めを常時持参していた。ズキズキと痛む頭を押さえながら、何とかショルダーバックから痛み止めを取り出すと、買っておいたミネラルウオーターで薬を飲む。着替えをする気力も無かったので、取り合えず来ていた服だけを脱いで畳むと下着姿だけでベッドの中へ入った。ベッドの中で身体を丸めて痛む頭を押さえながら寝ようとしても、具合が悪すぎて眠る事ができない。朱莉はベッドの中で自分に必死に言い聞かせた。(大丈夫……さっき私が飲んだ薬は痛み止めだけど、解熱効果もある。きっとその内、熱も下がって身体が楽になって眠れるはず……)やがて暗い室内に寝息が聞こえ始めた。痛み止めが効いて来た朱莉がようやく眠れたらしく、スマホの着信音が鳴っているにも関わらず、深い眠りに就いている朱莉がそれに気づくはずも無かった……。 その頃――  朱莉とは違う本館のホテルに泊まっていた翔はトイレに行って来ると言って席を立ち、朱莉のスマホに電話を掛けていた。しかし何コール呼び出し音が鳴っても朱莉が電話に出る気配が無い。「どうしたんだ? 何故電話に出ないのだろう? ガイドの女性が空港に迎えに来ると琢磨が言っていたから彼女と一緒に食事でも楽しんでいるのか?」半ばイライラしながら翔は朱莉に

    Last Updated : 2025-03-08
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-12 彼女の優先順位 2

     祖父にいきなり明日香との関係性を咎められ、無理やり見合い話を持ち出された時。真っ先に思いついたのが相手に単価を払っての偽装結婚だった。月々、手当として破格の給料を支払い、必要に応じて妻を演じてもらい、別れる時はあっさり身を引いてくれる女性を雇えば良いのだと。まずこの話を最初に相談したのは言うまでもない、明日香だった。明日香にこの話をすると、彼女は突然激しく怒り狂い、家中のありとあらゆるものを破壊しつくした。だが翔の必死の説得により、ようやく応じた明日香と約束したのだ。絶対に偽装結婚をする相手は自分よりも外見が劣る女にしてくれと。 次に相談した相手は琢磨だった。てっきり彼も自分の意見に賛同してくれるかと思ったのだが、偽装妻の話をした時は顔色を変えて猛反対した。お前は相手の人権を踏み躙るのかと。お前が相手にする女性は血の通った人間だ。それなのに、そんな残酷な事をするのかと。だがその時は琢磨の話を鼻で笑い、嫌がる琢磨に無理やり偽装妻の人選をさせたのだ。そして選ばれたのが朱莉。地味な外見で派手な美人である明日香とは比較にならない存在だったのだが……実は彼女はその美貌をどんな理由があるのかは分からないが、自らの意思で隠していた。そしてその事を知った明日香はどんどん情緒不安定になってゆき、今では精神安定剤が欠かせないようになってしまった。こんな事なら最初から諦める前に、時間をかけて祖父の説得を試みるべきだったのだ。そうすれば明日香はこんな状態にならず、朱莉だって不当な扱いを受けるべき存在にはならなかったのだから――  酔って眠ってしまった明日香を背負い、部屋まで戻ってベッドへ寝かせた時、タイミングよく翔の携帯が鳴った。相手は琢磨からだった。「もしもし。どうしたんだ? こっちの時間ではまだ夜の8時だが、そっちはもう真夜中だろう? 何か急ぎの用事か?」『いや。別に急ぎの用って訳じゃ無い。朱莉さんはどうしてるかと思ってな』「どうしてるかと聞かれてもな……今日はまだ1度も彼女に会っていないんだよ」翔の言葉に琢磨から電話越しに呆れた声が聞こえてきた。『はあ? 翔……お前って奴は……ほんとに……!』「分かってる。朱莉さんには本当に悪い事をしていると心から反省している。だからさっきから、何度も朱莉さんに電話をかけても出ないんだ。恐らくはガイドの女性と

    Last Updated : 2025-03-08
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   2-13 優しさに触れて 1

    翌朝―― 朱莉は酷い寒気と頭痛で目が覚めた。「参ったな……。体調良くなっているかと思っていたのに……」ため息をつきながら朱莉は寒さで身体を震わせた。寒い……ということは、これからもっと熱が上がるのかもしれない。おまけにシーツや布団が肌に擦れるとヒリヒリと痛む。この様子では今日中に体調が回復するとはとても思えなかった。「パジャマに……着替えなくちゃ……」何とか身体を起こすが、途端に激しいめまいが起こってベッドの上に倒れこんでしまった。(め、目眩……落ち着くのよ……)目を閉じて、目眩が治まるのをそのままの体制でじっと待つ。やがて、徐々に治まってきたので今度はゆっくり起き上がった。「うぅ……」とてもではないが、スーツケースからパジャマを探す気力が無かった。「何か部屋のクローゼットに……バスローブでも入っていないかな……?」ふらつく身体を奮い起こし、朱莉はクローゼットに向かった。震える手で扉を開けて中を覗くと、ハンガーにバスローブがかかっている。ワッフル時で手触りの良いバスローブ。これなら肌に擦れても痛くはないかもしれない。朱莉はバスローブに袖を通し、再びベッドに向かうと痛み止めを飲んだ。本当なら何か口に入れてから飲まなくてはならないのだろうが、あいにくこの部屋には何も食べ物が無いし、食欲すら無かった。(……こんなことなら……部屋に入る前に何か食べ物を買っておけば良かったな……)熱でズキズキ痛む頭を押さえながら、自分の熱くなった額に手を当ててため息をついた。その時、朱莉のスマホが鳴った。「多分……エミさんね……」気力を振り絞り、何とか朱莉は電話に出た。「はい、もしもし……」『おはよう、アカリ。……何だかすごく具合が悪そうだけど……もしかして風邪ひいちゃったの?』受話器越しからエミの心配する声が聞こえてくる。「はい……そうみたいです。それで申し訳ありませんが……今日はとても出掛ける事が出来ないので……ホテルで…休むことにします……」『風邪薬は飲んだの? 何か食べた?』「頭が痛いので……持ってきた痛み止めは……飲みました。…食事はとっていません……」『ええ!? そうなの!? 誰か様子見に来てくれたの?』「いいえ……? 誰も来ていませんけど……?」『……そう』(エミさん……どうしたんだろう?)エミの声に何か怒りというか、

    Last Updated : 2025-03-08

Latest chapter

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-2 朱莉と琢磨 2

    1時間後――朱莉がキャリーバッグを肩から下げて億ションから出て来ると既に琢磨が外で立って待っていた。琢磨は朱莉に気付くと、頭を下げてきた。「新年あけましておめでとうございます。お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした」朱莉は深々と琢磨に頭を下げた。「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。ですが……」琢磨は頭を上げる。「はい?」「それ程待ってはおりませんので気になさらないで下さい」琢磨は笑顔で答えた。そして、すぐに朱莉が肩から下げている大きなバックに気が付いた。「朱莉さん。随分大きな荷物をお持ちの様ですね」「はい。実はペットを連れてきてしまいました。あの、実はご連絡を頂いた時に既にシャンプーを終わらせていて。それで一人ぼっちで残していくのはかわいそうで……事前にお伝えせずに勝手に連れて来てしまい、申し訳ございませんでした」そして深々と頭を下げる。「そんな。どうか気になさらないで下さい。ところでこのキャリーバックの中、見せていただいてもよろしいでしょうか? 実は私も犬が好きでして……」「ええ。どうぞ」生垣にキャリーバックを置き、ジッパーを開けると、中には気持ちよさそうに眠っているマロンがいた。「え!? 寝てる。さっきは起きていたのに……」「アハハハ……。とても可愛い犬ですね。これはトイ・プードルですね?」琢磨は中を覗き込みながら尋ねた。「はい、初心者でも飼いやすいと書いてあったので。毛もあまり抜け落ちないし、匂いも少ないそうなんです」「ああ、確かにとても良い匂いがしますね。これも朱莉さんが一生懸命お世話をしている証拠ですね? でも、これならきっと……」「え? きっと……何ですか?」「いえ、何でもありません。ところで朱莉さん。いくら仔犬と言っても女性が持つには重いですよ。私が運びますから。」そう言うと、琢磨はキャリーバックを肩から下げてしまった。「あ、でもそれではご迷惑では……」「いえ、そんなことはありません。では行きましょうか?」琢磨に促され、朱莉は頷いた。歩く道すがら、琢磨が朱莉に尋ねてきた。「ところで犬の名前は何と言うんですか?」「はい、マロンていいます」「マロンですか……。あ、もしかしたら栗から取りましたね?」琢磨は笑みを浮かべた。「はい、栗毛色の可愛らしい子犬だったので」

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-1 朱莉と琢磨 1

     年が明けた1月2日―- 「マロン、暴れないで。身体洗えないから」今朱莉は新しく家族に迎えたトイ・プードルの子犬のシャンプーの真っ最中だった。朱莉は仔犬の名前を『マロン』と名付けた。それは犬の毛並みが見事な栗毛色をしていたからである。ブリーダーの女性に名前と由来を説明したところ、とても素敵な名前ですねと褒めて貰えたのも凄く嬉しかった。「はい、マロンちゃん。いい子にしていてね~」大きな洗面台にマロンを乗せ、お湯の温度を自分の腕に当てて計ってみる。「うん、これ位でいいかな?」マロンはつるつる滑る洗面台の上が怖いのか、さっきまで暴れていたが、今は大人しくしている。シャワーの水量を弱くして、そっとマロンに当てると、最初ビクリとしたが余程気持ちが良かったのか、途中で目をつぶって幸せそうな?顔でじっとしている。「そう、良い子ね~マロンちゃん」朱莉は愛しむようにマロンの身体にシャワーを当てて、シャンプーで泡立てて綺麗に洗ってあげる。マロンはじっと目を閉じて、されるがままになっている。丁寧にシャンプーを流し、ドライヤーで乾かしてあげるとフカフカで、それは良い匂いが仔犬から漂っている。「ふふ……。なんて可愛いんだろう」マロンを抱き上げ、朱莉は幸せそうに笑みを浮かべた。マロンが朱莉の家にやって来たのは年末が押し迫った時期だった。毎年、年末年始は朱莉は狭いアパートで一人ぼっちで過ごしていたが、今年は違う。広すぎる豪邸に大切な家族の一員となった仔犬のマロンが一緒に過ごしてくれているのだ。(私って多分恵まれているんだよね……?)マロンを相手に遊びながら、朱莉は翔と明日香のことを思った。(翔さんと明日香さんはどうやって年末年始を過ごしているんだろう……。もう少しあの2人と交流が出来ていれば、おせち料理の御裾分け出来たのにな……)朱莉はテーブルの上に並べらた1人用のお重セットをチラリと見た。母親が病気で入院する前は、毎年母親と2人でおせち料理を作って食べていた朱莉は1人暮らしになってからも、お煮しめや田作り、栗きんとんに伊達巻、黒豆、数の子は最低限作るようにしていたのである。長年作り続けていたので節料理の腕前も上がり、勤め先の缶詰工場の社長夫妻に家におせちを届けていたこともあり、喜ばれていた。「でもあの2人は美味しい料理を食べ慣れているだろうから、私のおせち料理は

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-24 ハワイでの会話 2

    「あ、明日香……。突然どうしたんだ?」久しぶりに明日香が怒りの感情を露わにしたことに翔は動揺した。「私が子供が嫌いなのは知ってるでしょう? 言うことは聞かないし、所かまわず泣くし、1人じゃ何も出来ないし……。小さい子供なんてね……犬猫と同じよ!」(い、犬猫と同じなんて……)明日香のあまりの言い分に絶句してしまった。(なら何故明日香は子供を望むのだろうか?)「明日香。もしかして子供好きの俺の為に無理して子供を産もうとしてくれているのか……?」しかし、明日香からの答えはあまりにも意外な内容だった。「いえ。私が子供を望むのはね……」明日香は翔に耳打ちをした。「!」翔は明日香の言葉にわが耳を疑ってしまった。「明日香……お前、本当にそんな理由で子供を欲しがっていたのか……?」震える声で翔は明日香に尋ねた。「あら……? そんな理由ですって? これって子供を産むのに十分な理由になると思うけど?」明日香は翔の頬に触れた。「すっかり日が落ちちゃったことだし、部屋に入りましょうよ。ワインで乾杯しない?」明日香は笑みを浮かべると部屋の中へと入って行った。「明日香……」1人取り残された翔は深いため息をつくと、琢磨にメッセージを送った――****ハワイ時間深夜1時――「琢磨、朱莉さんの今日の様子はどうだった? 何か困ったこととかありそうだったか?」ウィスキーを飲みながら翔は琢磨に尋ねた。『お前なあ……。そんなに様子が気になるなら自分から彼女に直接連絡とればいいだろう?』電話越しから琢磨のうんざりした声が聞こえてくる。「いや、それは無理だ。何故なら……」『朱莉さんに内緒で明日香ちゃんと2人でハワイに来ている。下手に連絡を入れて、ハワイにいることを知られたら肩身が狭い。って言いたいんだろう?』「何だ……良く分かってるじゃないか」『当たり前だ。お前と何年付き合ってると思ってるんだ?』琢磨の呆れたような声が受話器越しから聞こえてくる。「そうだよな……。何でもお見通しか……。それで朱莉さんの飼ってる犬の様子だが……」『ああ、分かってるよ。……ったく……。朱莉さんから子犬の動画が送られてきているから、後でお前のアドレスに転送しておいてやるよ』「ありがとう、すまないな」『そういう台詞はな……朱莉さんに直接伝えてやるんだな』「そうだよな

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-23 ハワイでの会話 1

    ――年末翔と明日香はハワイの別荘に来ていた。現在2人は別荘のバルコニーから海に沈む夕日を眺めている。「素敵……今年も翔とこうして2人きりでハワイの別荘で過ごせるなんて」明日香はうっとりとした目で翔を見つめる。「何で2人で過ごせないと思ったんだ?」翔は明日香の肩を抱きながら尋ねた。「だって翔。貴方は書類上とはいえ結婚したでしょう?」明日香は翔をじっと見つめた。「確かに結婚はしたけど、何度も言ってるだろう? 彼女は所詮祖父の目を胡麻化す為の妻だって。だから敢えて大人しそうな女性を選んだんだ。その証拠に今まで彼女の方から一度でも俺達に何か文句を言ってきたことでもあったか?」翔の問いに明日香は首を振った。「いいえ、無かったわ」「だろう? だから明日香は何も心配することは無い。今までと同じ生活を俺達は続けていくだけだよ」「だけど一つだけ不安なことがあるわ」明日香が不意に俯く。「不安なこと? 一体それは何だ?」「朱莉さんよ……。彼女、私の目から見てもすごく綺麗な女性でしょう? しかも女らしいし。彼女に心変わりなんて絶対にしないわよね?」その顔はとても真剣なものだった。「当り前だ。俺が明日香以外に心変わりなんてするはずがないだろう?」明日香の髪を撫る翔。「本当に? 本当に信じていいのよね? 私はね、この世で一番大好きな人は翔。貴方よ? だから、貴方の一番も常に私にしておいてよ? 例え私達の間に子供が生まれようとも私が一番大切なのは翔だけだからね? それを忘れないでね?」明日香は翔の首に腕を回す。「分かったよ明日香。例え新しい家族が増えたとしても、俺が一番愛するのは明日香だよ……」翔は明日香を抱きしめ、自分の心の中に暗い影が宿るのを感じた。(明日香。何故、自分の子供を一番に愛することが出来ないのに……お前は子供を欲しがるんだ?) 実はここ最近、明日香から子供が欲しいと翔はねだられていたのだ。しかし、カウンセラーの意向も聞き、子供を持つのはまだ無理だと言われていた。いや、それ以前に明日香の今の精神状態では妊娠中の身体の変化についていくことは難しいだろうと忠告されていたのである。今回翔が明日香の望み通りハワイに2人きりでやってきたのも、子供を持つのは後数年は考え直そうと説得する意味合いもあったのだ。 翔は一度深呼吸をすると、明日香に

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-22 初めての高額買い物 2

    「どうもお待たせいたしました。ではこちらがお客様がお買い上げになられた全ての商品になります」配達をしてきた若い男性店員から荷物を受け取る朱莉。「どうもありがとうございました」男性店員は明るい声で言うと、部屋を出て行った。「さて……それじゃ、準備しようかな?」朱莉は袋から次々と買って来た商品を取り出し、子犬を迎える為の準備を始めた――「ふう……こんなものかな?」広さが39畳あるリビングに設置されたサークル、ベッド、犬用トイレマット、ペットシーツ、おもちゃ等々が全てサークルの中に入っている。肝心の犬は5日後に朱莉に引き渡される事になっている。さらに少々気が早いかもしれないが、来週からはドッグトレーナーのしつけ訓練も始まる。朱莉はワクワクしていた。今迄単調だった生活の日々とも、もうすぐお別れ。新しい家族が誕生するのである。朱莉はスマホに収めてきたこれから新しくやってくるトイ・プードルの写真を眺めた。お店の許可を貰って、写真を撮らせてもらったのだ。「これからよろしくね」愛おしそうに写真を眺めて、ふと思い出した。琢磨から翔に飼った犬の写真を送って欲しいと頼まれていたのだ。(まだペットショップにいるけど……いいよね?)実際にはまだ自宅に来ていないが、もう支払いは済んでいるし、5日後にはここに来ることが決定している。ついでにかかった費用も伝えた方が良いだろう。朱莉はレシートと領収書の画像をスマホで取ると、メッセージを打ち込んだ。『こんにちは。本日、ペットショップでこちらの犬を買いました。金額は税込みで52万円でした。子犬を迎えるにあたり必要な品物を買い揃えた所、合計で100万円近く使ってしまいました。子犬がやって来るのは5日後になります。一度に沢山のお金を使ってしまい、申し訳ございませんでした。翔さんによろしくお伝え下さい』そして犬の画像ファイルと、レシートの画像を添付して琢磨に送信した。****「全く朱莉さんは……翔に気を遣い過ぎだ」琢磨は送られてきたメッセージを読みながら溜息をついた。確かに一般庶民が一度に100万以上の買い物をするのは、滅多に無いことだろう。だが、朱莉は仮にも鳴海グループの副社長の妻である。明日香などは普段から湯水のようにお金を使っているというのに……。「まあ、いいか……翔に電話するか」琢磨は翔のスマホに電話

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-21 初めての高額買い物 1

     朱莉はペットショップに来ていた。ゲージの中には様々な犬が入れられている。「フフ……どの犬も皆可愛いな…」ガラス越しから愛らしい子犬たちを見つめていると、若い女性スタッフが朱莉に話しかけてきた「お客様。お気に入りのワンちゃんは見つかりましたか?」「はい。一応飼いたいと思う犬はいるんですけども……」「どちらのワンちゃんがよろしいのですか?」「あの、こちらの子犬がいいかなって思ったんですけど」朱莉が指さした犬は生後60日のオスのトイ・プードルであった。「ああ、このワンちゃんですね。最近お店に並ぶようになったんですよ? 中々人気のワンちゃんですからね」「やっぱりそうなんですね? 実は私一度もペットを飼った事が無いんですけどネットで調べたら初心者にも飼いやすいって書いてあったので」「ええ、そうですね。初心者向きのワンちゃんですよ? 抜け毛や体臭も殆ど無くて甘えん坊さんですよ? 食費もそれ程かからないし……。あ、でも吠え声は割とよく通る方なので訓練はした方がいいかもしれませんね」「訓練ですか……何だか難しそうですね」朱莉が考え込むと、女性スタッフが言った。「それでしたら、こちらで信頼のおけるドックトレーナをご紹介しますよ」「あ、それはいいですね。是非お願いしたいです」そこまで言って、朱莉はハッとなった。これではもう完全にこの目の前のトイ・プードルを飼う流れになってしまっている。「あの……子犬を何も準備が無い内にいきなりその日連れて帰る、って言うのどうでしょうか?」「う~ん……そうですねえ……やはり事前に準備はしておいた方がいいと思いますよ」「お金だけ支払って子犬を迎え準備が整ったら引き渡しと言う形をお願いしても大丈夫ですか?」朱莉は遠慮がちに尋ねてみた。「ええ。問題ないですよ。それではそうされますか?」女性スタッフはにこやかに答えた。「はい」朱莉は返事をしつつ、トイ・プードルの値段を見て息を飲んだ。価格は税込みで52万円となっている。(た、高い……。他の犬よりも明らかに高いな……。犬ってこんなに高い物だなんて知らなかった。だけど……)朱莉は目の前にいるトイ・プードルをじっと見つめた。愛らしい黒の瞳でじっと朱莉を見つめるその子犬は、まるで早く朱莉に飼い主になって貰いたいと訴えているように思えてしまった。(すみません翔先輩。ち

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-20 1人きりの時間 2

    後着替えを済ませて、コーヒーを淹れていると琢磨の電話が鳴った。「もしもし」『おはよう、琢磨。今メッセージ読んだよ』「そうか。で、ペットの件はどうだ? 俺は幾ら何でもあんな広い部屋に1日中1人で過ごす朱莉さんが気の毒だと思うからペットを飼うのは賛成だ。翔、お前はどうなんだ?」『ああ。俺も別に構わない。朱莉さんが自分から要望を言ってくるのは今回が初めてだしな。琢磨から朱莉さんに連絡を入れておいてくれないか? あ、それで伝えておいてくれ。もしペットを飼ったら、画像を送って見せて欲しいって』「分かったよ。それじゃ、今一度電話切るぞ。多分朱莉さんメッセージを待ってると思うからな」『分かった。朱莉さんによろしくな』琢磨は電話を切るとすぐにメッセージを書いた。『副社長の許可をいただくことが出来ました。どうぞ朱莉さんのお好きなペットを選んでください。後、社長がもしペットを購入した際は写真を送って見せて貰いたいと話しておられました。それではまた何かございましたら連絡を下さい』**** ルームサービスのコーヒーを飲んでいると朱莉のスマホに着信を知らせる音楽が鳴った。(ひょっとして……九条さん?)直ぐにスマホを開くと朱莉の顔が笑顔になった。「良かった。ペット、飼ってもいいんだ」朱莉はすぐにコーヒーを飲み終えると、荷物を片付けていつでもチェックアウト出来る準備を始めた。(フフ……早速今日ホテルを出たらペットショップへ行ってみよう。そうだ! どんなペットがいいか、今から検索しておこうかな?)朱莉は早速スマホの検索画面を表示させ、どんなペットがいいか調べ始めた。(う~ん。飼うのなら犬がいいかな? それとも猫がいいかな? あ……でも、猫はひっかいて壁紙とか傷つけちゃったらまずいし……うん。やっぱり小型犬にしてみようかな?)それから朱莉はホテルをチェックアウトするまでの時間を、ペット検索に費やすのだった――****「明日香、そろそろチェックアウトの時間だ。行こう」翔は未だにベッドの上に寝転がっている明日香に声をかけた。「あ~あ……。もう帰らなくちゃいけないなんて……。もっとこの部屋にいたかったわ。ねえ、もう1日泊まらない?」「無理言うなよ、明日香。俺は明日は仕事があるんだ。明日の朝、ここから会社なんて遠すぎだ」翔は荷物を整理しながら返事をした。「

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-19 1人きりの時間 1

     今日はクリスマス― 琢磨の部屋で目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響いている。ピピピピ……「う~ん……」ごそごそとベッドから腕を伸ばし、パチンとアラームを止める。欠伸をしながら大きく伸びをすると琢磨は起き上がった。「ふう……。昨夜は飲みすぎたな……」 昨夜は友人が経営するダーツバーにいた。クリスマスイベントのパーティーが開催されたのだが、どうしても頭数が足りないから来てくれと友人に頼み込まれて、仕方なく出席したのであった。琢磨自身はこのパーティーに長居するつもりは全く無かった。ほんの少しだけ顔を出して友人の顔を立てたら、早々に退散するつもりだったのだが数人の女性に取り囲まれて、帰るに帰れなくなってしまい、結局帰宅出来たのは深夜の2時を回っていたのだ。「……ったく……。もう二度と頼まれても出てやらないからな……」頭をかかえると、スマホが着信を知らせるランプが点滅していることに気が付いた。「うん? 誰からだ……? 翔か?」スマホをタップすると着信相手は朱莉からであった。「朱莉さん……? そういえば昨夜は翔がプレゼントしたホテル宿泊ギフトを利用したのだろうか?」琢磨はすぐにメッセージを開いてみた。『こんばんは。土曜の夜に申し訳ございません。翔さんのプレゼントしてくれたホテル宿泊を本日利用させていただいております。おかげさまでエステに豪華なルームサービスを堪能することが出来ました。その旨を翔さんに伝えていただけますか? 後、1つお願いしたいことがあります。今現在住まわせていただいております部屋ではペットを飼うことは出来るのでしょうか? もし出来るのであれば、小型犬を飼わせていただきたいと思っております。九条さんの方から翔さんに尋ねていただけますか? 申し訳ございません。どうぞよろしくお願いいたします』「ふ~ん……ペットか……」琢磨はスマホのメッセージに目を落しながら呟いた。確かにあの広い部屋に1日中1人きりで過ごすのは寂しいかもしれない。朱莉は外で働いている訳でもない。家で通信教育の勉強と母親の面会の為に病院通いをしているだけの日々を過ごしている。結婚当初、朱莉はパートでもいいから外で働きたいと琢磨を通して翔に希望を出していたのだが、書類上とはいえ鳴海グループの副社長の妻が働く事について世間体を考えた翔が許さなかったのである。「まあ、確かに

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   3-18 1人きりのクリスマス・イブ 1

     今日はクリスマス・イブ。朱莉は1人広々としたリビングのソファに座り、ため息をついた。「ふう……」テーブルの上には1枚のカードが小さな箱に入って置かれている。それは翔からのクリスマスプレゼントとして、3日前に朱莉の自宅に郵便物として届けられたギフトカードであった。『クリスマス限定レディースプラン・エステ付き宿泊カード』カードにはそう記されている。クリスマスにお1人様向け女性の為のホテル宿泊限定カードが翔からのクリスマスプレゼントだったのだ。「結局翔先輩からクリスマスプレゼントのリクエストの話こなかったな…。クリスマスに私が1人だから気を遣ってくれてこのプレゼントにしてくれたのだろうけど……」朱莉は窓の外を見ながらポツリと呟いた。「プレゼント代わりにお母さんに会いに来て欲しかったな…」ため息をつくと再びギフトカードに目を落した。本当は何処にも行きたくは無かった。まして、こんなお1人様用のホテル宿泊カードをプレゼントされた日には、君には誰一人として一緒にクリスマスを過ごす相手がいない寂しい人間なのだろうと、翔に言われているようで返って惨めな気分になってしまった。だけど……。「翔先輩がわざわざ私の為に吟味してこのプレゼントを考えてくれたんだものね。私ったら卑屈に考えすぎだ。これは先輩からの好意の気持ちが込められていると思って、ありがたく受け取って使わなくちゃね」朱莉はソファから立ち上がると、ベッドルームへ行き、1泊宿泊分の着替えを用意してボストンバックに詰めると、自宅を後にした。行き先はギフトカードに書かれた都心にある高級ホテル。折角初めての翔からの贈り物なのだから無駄にすることは出来ない。多分、翔は明日香と2人でクリスマスを過ごすはずだ。(翔先輩……ホテルの宿泊カードをプレゼントにしたのは私に寂しいクリスマスを過ごさせない為にですか? それとも明日香さんと2人でクリスマスを過ごす事に対して私に気を遣ったからですか―?)朱莉は電車に揺られながら瞳を閉じた――**** ここはベイエリアにある一流高級ホテル。今、このホテルの最上階にあるスイートルームに翔と明日香は宿泊している。「ねえねえ。翔見て。海に夜景が映って、きらきら光ってすごく綺麗よ?」明日香は巨大なガラス張りの窓から見える美しい夜景を背景に翔に声をかけた。「ああ……本当に綺

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status